2009年01月26日
大阪行
メインは1/23、石堂緑子さんの地唄の会の賛助出演で、「新娘道成寺」「竹生島」「流し鈴慕」を吹かせていただきました。
石堂さんは、故佐々川静枝先生の芸を実によく受け継がれた方で、芸に対する誠実な姿勢に、本当に頭が下がります。何より地唄に深い愛着を持たれているのが、ご一緒させて頂いて尚一層よくわかりました。気持ちの良い合奏で、とても楽しかったです。感謝しております。
いつも応援して下さる栄光時計の小谷年司さんは大阪在住ですので、コンサートに駆けつけて下さり、打ち上げにもジョインして下さり、その後は小谷さんのご自宅に泊めていただきました。ボルドーの古いシャトーの赤ワインを抜いて下さり、それはそれは美味しかったのでした。ぶどうの甘味がいつまでも舌の上に残るような不思議な余韻は、他愛もない芸術談義を夜更けまで長引かせたのでした。
小谷さんは、文学をはじめ文化についてまさに知識の宝庫というべき人物です。しかしその背景には美に対する深い愛情があるので、スノッバリーな好事家とはわけが違います。
好みのCDを取替え引き換え聞きながら、したたか酔い、語りました・・・(^_^;)
翌日は宝塚市営の「ナチュールスパ宝塚」に連れて行っていただきました。安藤忠雄設計のモダンな建物ですが、要するに温泉です。伊豆の堂ヶ島の天窓洞のように天井がポッカリと丸く空いた露天のジャグジーは、ヒンヤリとした外気の中で実に爽快です。するといい天気なのに雪が舞いはじめました。小谷さんの「風花だ・・・」との呟やきにいたく感じ入るところがあって、しばらく黙ってその風情を味わいました。湯船でほてった体を外気で冷やしてはまたジャグジーにつかって暖まり、また冷やしては暖まり、キリがないねと笑ってスパを後にしたのでした。
その次は有馬温泉街のとある和食店での昼食。目の前の釜戸でご飯を炊き、目の前の炭火で焼いて出される肉や魚料理は味わい深いものでした。
西宮在住のチェロ奏者の林さんご夫妻をそこで紹介下さり、オーケストラ団員の性格の傾向みたいな話を肴に大いに楽しく歓談。皆さんそれぞれに車の運転があるので、私だけがお酒をいただいたのが申し訳ありませんでした・・・。
小谷社長みずから難波までお送り頂いたのには恐縮でした。握手をしてお別れしてから、ナント再び石堂さんと待ち合わせ。コンサートとは関係なく、「八重衣」や「玉の台」などあれこれ二時間余り合奏していただきました。これから本番でないとなると、やはりどこかリラックスしていてまた違った良さがありますね。
さてまだ続きます。千日前で尺八の石川利光さんと待ち合わせ。期待通りの美味しい大衆酒場に案内頂き、念願の関西の串揚げやおでんを食べました。新幹線の最終のために短い時間で残念でしたが、最後に尺八仲間ともお話ができたので、充実した気分この上無しでした。
いつも東京を離れた演奏旅行は、飛行機、電車、ホテル、ホール、飛行機、電車、自宅と、慌しいのに、こんなに中身豊かな演奏旅行は私には珍しいです。人の出会いがすべてだと、しみじみ感激したものでした。
2008年12月24日
40代の新人
去る10月27日に開催いたしました、文化庁主催芸術祭参加の「善養寺惠介尺八演奏会」が、今回芸術祭新人賞をいただくことができました。
賛助出演下さった先生方、コンサートを進行して下さったスタッフの方々、そして何より、私の演奏活動をずっとご支援下さった観客の皆様のお陰です。何とお礼を申し上げてよいかわかりません・・・。
12月20日の朝刊で一斉に発表されましたが、一部の地方紙で報道された私の年齢に誤りがあり、驚いたことにそれが62歳。「善養寺さん、還暦越されていたのですか!?」と真面目に問い合わせがあり、これはかなり参りましたが、私は44歳です!と必死で訂正いたしました。
親しい友人からは、「だいたい40歳越えてから初参加だなんて遅すぎるんだよ!」とこっぴどく叱られましたが、それでも新人賞をいただけたのは、「これからしっかり頑張りなさい!」と励まし頂いたのだと思います。それが何より嬉しかったです。
ずいぶん昔のウイスキーのCMを思い出しました。ファッションデザイナーの三宅一生の台詞だったと思います。
あちらでは、20代でデビューする人は少ないね。
30代の新人に拍手を惜しまないんだ。
息が長いよね、基本がしっかりしているから。
基本だね。
2008年09月21日
夏の思い出合併号 その1

長年ご指導いただいている地歌箏曲研究家のN先生から、今年の正月に「平成19年、20年合併号」という年賀状を頂きました。そういう先生を見習ってというわけではないのですが、秋風吹く今頃になって、夏の思い出を二題、記しておこうと思います・・・
7/13日に長野県の小海町というところで小さなコンサートを開きました。冬の気温は零下になるというだけあって、夏の盛りは実に涼しい、静かでとても気持ちのよいところで、鉄道の小海線も話題のようですから、ご存知のかたも多いことと思います。
この小海に素敵な音楽堂があります。席は200も用意すれば舞台が狭くなるほどの規模ですが、雰囲気がとても良いです。寒さの厳しい冬を避けて春から秋までの間に、町の主催コンサートが数回あって、今回は箏のNOBUKOさんと御一緒にお声を掛けていただいたのです。
フィンランドと姉妹提携都市となっているそうですが、北欧好きのNOBUKOさんは本当にフィンランドにいるみたいですと、ご機嫌で朝の散歩などをなさっていました。朝の散歩というのは、じつは音楽堂の隣が調度品までフィンランド製という、もちろん本格サウナ付きのロッジがあって、打ち上げはそこに宿泊させて頂けたので清々しい朝のお散歩を満喫できたのでした!
町役場の担当職員の方のご尽力もさることながら、ボランティアスタッフの方のサポートなくしてはこの音楽堂の運営は成り立たないと思います。小海と佐久でピアノ教室をされているTさんを中心とする皆さんのお陰で有意義なコンサートと、また楽しい泊り込みの打ち上げを満喫させていただきました。
そもそもどうしてここにご縁が出来たかというと、それは私の小学校の時の同級生A君が取り持って下さったのでした。A君は紀尾井のニューオータニにアンテナショップを持つ輸入雑貨商の仕事をしています。直属の上司が佐久のブティック「ティファニー」というお店と取引をなさっていて、そこの顧客のTさんと親しくなってコンサートの話をお聞きになったようです。そこでA君が「僕の幼馴染に尺八吹きがいるのだけれども邦楽のコンサートはどうですか」と売り込んで下さった訳です。
ところが上司様は「君にそんな友達がいるはずがない」と全く信用して下さらなかったそうです。正直言ってそれも無理からぬことだと思います。なにしろA君は運動神経抜群、お笑いの天才、社交性超一流、女性にモテル!何をとっても私と正反対のキャラクターですから・・・。でもネットで私の情報を集めるなどして一所懸命プレゼンして下さったようで、本当にありがたいことでした。
A君に言われました「アタシはこういうキャラでしょう、上司が信じてくれないわけよ・・・。で今度さぁ、ホームページの善チャンのプロフィールに付け加えておいてよ。小学生時代、同級生のAと少年野球のバッテリーを組んだって!そうしたら話が早かったんだよ!」 打ち上げはA君の話術にハマって深夜まで笑い転げてお腹が痛かったです。
2008年07月25日
水の星 水の惑星
辻井喬さんの著書に引用されていた、茨木のり子さんの詩を読んで、そもそも詩というものにとても鈍感な私が、その時は何故かビックリするくらいに感激してしまいました。
それで直ぐに本屋に駆け込んで、茨木さんの詩集なら何でもいいから下さいと言って、店員さんに探してもらうと、文庫本が一冊だけあったので、中身も確かめずに買い求めました。
ページをめくり「水の星」という詩を見つけて、二度ビックリでした。何故かというと、中学三年になる私の娘が最近作った曲の名前が「水の惑星(ほし)」で、しかも冒頭の一連は、娘がその曲のモチーフに込めた思いをそのまま言葉にしてくれているかのようだったからです。
水の星
宇宙の漆黒の闇のなかを
ひっそりとまわる水の星
まわりには仲間もなく親戚もなく
まるで孤独な星なんだ
明日がその曲の発表会。
今更ですが、興味ある方にお聞き頂けたら幸いです。
2008年度 JOCハイライトコンサート
東京 文京シビックホール・大ホール
17:00開演
http://www.yamaha-mf.or.jp/joc/activity/index003.html
2008年06月26日
匂い袋

梅雨になるとあちこちに雑菌が繁殖して、掃除を怠るとかび臭くなったり、悪臭がしてしまいます。尺八も歌口キャップを外すと時々嫌な臭いがすることがあって、それがこれから練習しようとする時ならばヤル気も半減です。 そこで私は歌口に匂い袋を差し込むことを思いついたのですが、これは失敗でした。なぜかと言うと、確かにお香の匂いはするのですが、悪臭と混ざるだけで少しも快くなかったのでした。 しまう時に露切りでよく掃除をしているのに何故だろうと、考えた末に辿りついた結論は、顎当たりに付着した顔の皮脂が悪臭の元になっているのではないかということでした。それで顎当たりを丁寧に拭き取ってからしまうと、次に取り出した時に悪臭はしませんでした。お香の香りも程良く、今度はウマく行きました。 上の写真は、江戸川橋近くの某鰻の老舗で撮りました。私の貧しい食生活では味わったことも無い美味で、大変感激しましたが、もう一つ感心したのはトイレでした。この写真はトイレに置かれた匂い袋で、実に心地よいものでした。何を申し上げたいかというと、ここのトイレは掃除が行き届いているということです。匂い袋で悪臭を消すことはできないということを私は経験済みですから。 味といい佇まいといい、素晴らしいお店でした。
2008年06月16日
女流義太夫

さる4/22に女流義太夫の舞台に参加させていただきました。 昨日の奏心会のご縁で知り合いになった鶴澤三寿々さんにお声を掛けて頂いて実現した舞台です。 演目は「増補忠臣蔵 本蔵下屋敷の段」、通称“ホンシモ”です。加古川本蔵が主君との永久の別れの席で尺八を吹く場面の付け笛で、当然文楽では人形の芝居に合わせて御簾の内側で吹くので、今回もてっきり舞台袖で吹くものだとばっかり思っていたら、ナント舞台に出ろというでありませんか!?それを知らされたのが本番数日前でしたから動揺しましたよホントに・・・。 その様がこの写真です。一生に一度の経験になるかも知れなかったから、お願いして裃つけさせてもらえば良かったかなとも思ったりして・・・。でもそれは無理だったでしょうね(^_^;)。 男子禁制という訳ではないでしょうが、私が女流義太夫の本舞台に座った初めての男性でしょうと言われたので、何だかよく分かりませんが、これは記念すべき写真だと思いましたので、ブログに載せます。
2008年05月28日
群馬の稽古場

群馬の稽古場は、高崎から榛名山へ向かって約十数キロ程の、箕郷という山里にあります。私の住む所沢からは車で二時間くらいですが、昼間は道路が混むので、稽古日の前日、深夜に移動してしまうことが多いのです。 別荘というには程遠いものですが、都市にはない、四季折々の豊かな自然に触れることが出来るのは楽しいことです。近頃は蛙の鳴き声が賑やかです。 またこの時期は一雨降るごとに草がアッという間に伸びてしまいます。今回は前回の稽古から少し間があいたので、着いてみたら景色の変わりようにビックリ!30センチにも伸びた綿帽子のタンポポがそこらじゅうに生えているではありませんか。 街頭もなく、薄暗い月明かりに照らされたタンポポの群生はかなり不気味でした。真夜中に塵界から逃れてやっと辿り着いたのに、其処に見たのは、黄泉の国の入り口だった、という感じです・・・。 自然は都市生活に疲弊した人間に安らぎを与えてくれると簡単に信じがちですが、本当は人の心を真底、蒼ざめさせるものかも知れません。 幻想芸術はこんなところから生まれるのではないでしょうか。
2008年05月10日
南長崎駅前

2008年05月07日
休日の本屋
2008年05月05日
ブログ開始!
子供の頃から日記は三日と続かない性質ですから、きっと忘れたころの更新となると思いますが・・・。
気ままな風来坊の走り書きに、どうか気長にお付き合い下さい。
宜しくお願い致します。